榎本温子「声優業界は同じことをしていても先輩達に追いつけない」インタビュー前編

インタビュー

声優/ナレーターとして活躍されてる榎本温子さんに「声優という仕事の魅力」をテーマにお話いただきました。前後編の全2回。前編では「声優デビュー時の想い出」「声優が持つ技術の奥深さ」をお話しいただきました。本インタビューを通じて声優という仕事の専門性を深く知ることができました。

「彼氏彼女の事情」から始まった

ーーFindersさんでは声優業界の労働環境について色々と聞かせていただいたじゃないですか。今日は切り口を変えて、温子さんを夢中にさせる声優/ナレーターという仕事の魅力をテーマにお話いただければと思います。

榎本:私が何年もこの業界で働き続けていることが仕事の魅力を伝えてると思いますが!では改めて。(笑)

ーー確かにそうなんですけど(笑)。温子さんが感じる「声優という仕事の魅力」を言語化したらよりFindersさんで訴えられてることも伝わると思うんですよ。温子さん人生の転機になったキャラクターやイベントを軸に色々とお話を聞かせてください

榎本:転機と言えばまずは「カレカノ(彼氏彼女の事情)」の(宮沢)雪野ちゃんをゲットしたことですね。演じてた当時は雪野ちゃんとのシンクロ率がめちゃくちゃ高かったんです。雪野ちゃんを演じられたことで声優になった意義を感じる事が出来ました。

「カレカノ」に参加したのは高校を卒業して直ぐ、大学に入学したばかりの時期ですね。モブもガヤもやったことがなかったです。アキハバラ電脳組のアフレコを1回見学させてもらっただけでした。下積みなし!演技経験は週一回の事務所のレッスンだけでした。

ーー慣れてない状態で現場にに行くわけですよね。戸惑いませんでしたか?

榎本:「カレカノ」の現場は特殊だったんです。「アニメは初めて」って方ばかりがキャスティングされていて。ある程度、業界に慣れている方が困惑した現場だったと思います。監督だった庵野(秀明)さんの方針だったんでしょうか。生の台詞を録りたいというか、登場キャラクターの年齢に近い役者達の素の芝居を作品に収めることに燃えていた時期なのかもしれません。

ーー今になって「カレカノ」を鑑賞すると主役の雪野ちゃんと有馬くんとの会話の間尺からティーンエイジャーっぽさを凄く感じましたよ。

あの年齢の生きた間尺

榎本:私の中であの作品はほぼ芝居していないんです。録り方も特殊でした。

ーー通常のアフレコの際、通常はキャラクターが台詞を話すタイミングで「丸セ」や「ボールド」が出てきますよね。

榎本:ところが庵野さんは「無視していいから」って言うんですよ。だからカレカノでの私の演技は普通のアニメより喋るのが速いんですよ。あの年齢の時の私のリズムで喋っているから生きた間尺ですね。

ーー後で絵の方を合わせたんですか?

榎本:そうですね、庵野さんが後から絵を編集してくれることによってプレスコの(最初にセリフの収録を行い、後からその音声に絵を合わせて制作していく方法)のような状態に仕上がるわけです。

ーーよくできましたよね…!

榎本:本当ですよね…!毎週放送がありましたし、各話の納品もギリギリでやっていたでしょうから。

ーーアフレコではOKを直ぐにもらえましたか?

榎本:まず前提条件としてアフレコを迎えるのに備えて、通常はある程度の答えを用意してから収録を迎えるんです。それを軸に指揮者の監督の要望に合わせて変化させていくんですよ。そこに演者同士のアドリブが加わってたり。

ーーまるでJAZZのセッションのようですね。決めておいたメインテーマからリーダーの要望や奏者同士のケミストリーに合わせて変化させていくのに似ていますね。

榎本:だけど「カレカノ」の時は指揮者の庵野さんがどのように演奏するか迷っている段階で始まるから正解がないんですね。テイク数も数えてなくて、その日の庵野さんと心が通い合ったらOKがでるという。

ーー初収録はどれくらい時間が掛かりましたか?

榎本:7時間半だったかな…?長いですよね。制作現場のスタッフは皆、初めてのアフレコで全然終わらなくて心配していたみたいです(笑)。有馬くん役のちーちゃん(鈴木千尋)と私だけ居残りでしたよ。

ーーメンタルは大丈夫でしたか?

榎本:全然、大丈夫でした。こちらとしては技術が無いことは分かった上で役を頂いてるわけですから「やる気」をみせるしかないわけです。それに庵野さんも親切な方でしたから。

あっそうだ!収録が全て終わってから聞いた話ですけどテストのテイクが放送で使われることが多かったみたいです。一番最初に手探りで演じるテイクが一番良いと、2回目はちょっとこなれちゃうから。

ーーそこも凄く音楽っぽいですね。音楽の録音現場でもテストのテイクが採用されることは往々にありますよね。

榎本:ただ私はテストも録音されていることを全く知らなかったんです。台詞を読み間違えると「あっ!間違えちゃった!」とか平気で言ってましたから。途中から合流して来る業界に慣れた先輩達は、テストも録音されていることを知っていたようでヒヤヒヤしながら見守っていたようです。

別現場で基本的な心構えを学ぶ

ーー聞けば聞くほど特殊な現場だったんですね。「カレカノ」で声優としての基本的な心構えを習得することはできましたか?

榎本:これが違うんですよ…(笑)。途中で入ってきたスタッフさんが「ここの現場は特殊すぎる…このままじゃ他の現場で働く時に困ってしまう‥」って心配されたんですよ。

そこで他のアニメに出演させてもらって通常のアフレコを経験しました。「なるほどアフレコって本来はAパートやBパートで分けるんだ…!」みたいな。こちらでの収録は1テイクか2テイクで終わっちゃうんですよね。

ーー「カレカノ」の現場とかなり違いますね…!

榎本:最初は「ずいぶんと簡単に物を作るなぁ…」ってショックを受けましたが、色々と経験していくと「カレカノ」の現場の方が特殊だったんだと知るわけです。学生の卒業制作の様に時間を湯水の如く使ってしまうほうが特殊なんだって。

これはどちらかが不正解というわけではないと思うんです。洗練された技術で正解をポンと導き出すのもプロですし、「カレカノ」のようにどこまでもこだわって熱意をつぎ込むのもプロだと思います。

ーー「カレカノ」、細部のこだわりも凄かったですよね。EDの「夢の中へ」の歌唱は雪野ちゃんと有馬くんの二人でしたよね。だけど二人が喧嘩してるときは雪野ちゃんだけの歌唱になっていたり。

榎本:あんな凝った仕掛けをしてくれるアニメってそんなに存在しないですよね。私もあそこまでこだわった収録は後にも先にも「カレカノ」だけです。庵野さんがこれからも作品を作れば作るほど再放送もあるでしょうから是非、皆さんにも「彼氏彼女の事情」を視聴していただきたいです。

同じことをしていても先輩達に追いつけない

榎本:「ふたりはプリキュア Splash Star」で美翔舞役を得られた時期はキャリアの転機でした。事務所を移籍して初めて受けたオーディションで「プリキュア」に受かるって、いやぁ我ながら持ってるなって(笑)。

「プリキュア」に出演した時は作品の規模感的にもやっとまた自分の中で「やれた!」という実感を持てました。ここに至るまで様々な作品を演じさせてもらいましたが「カレカノ」を越えられないってずっと思ってて…。「プリキュア」はCMも流れるし、グッズも展開されますし、「プリキュア」と言ったら皆が分かりますし。

ーーなるほど、キャリアの転機でホームランをぶっ放したわけですね。

榎本:特大のやつを(笑)。「プリキュア」に参加できたことでやっと声優、役者の仲間入りができたと実感しました。それまではアイドルの仕事をしてることによって声優の仕事を得ているような…あまり自信がなかったので。

ーー現在もそうですが、そんなにも前から自分の可能性を広げる道を模索されていたのですね。そんなに考え続けることができるようになったきっかけが気になります。

榎本:声優業界に入ってまず先輩たちとの技術の差を痛感しました。とにかく素晴らしすぎて…!私、再現性が高いものこそが技術だと思うんですよ。ベテランの域にまで達している先輩たちの再現性は95%くらいまで行くんじゃないかな。写真で言えば橋本環奈ちゃんの奇跡の1枚を常に出せるみたいな!

ーー僕にも分かりやすい例えありがとうございます(笑)。でも温子さんだってキャリア最初期にいきなり「カレカノ」で主役に抜擢されたわけじゃないですか。プロ野球で言えばドラフト1位じゃないですか。

榎本:たまたま若くて作品とマッチしただけであって、技術で選ばれたわけじゃないのはよくわかってましたから。アフレコって年齢とか、性別とか、肩書で自身の実力を隠すことができないんですね。「カレカノ」で一緒に出演してた時から(山本)麻里安と二人でよく「ここから何か頑張らないといけないよね…」って言ってました。

技術の再現性が凄い声優さんは台詞が何文字か変更になったとしても同じ感情で演じることができるんですよ。台詞の伸ばし具合でも」1秒を細かく分割してコントロールすることができたり。感情もかなり細かく分割できて「どれくらい痛いですか?」って痛みも細分化できます。他にも好感度を10%上げるとか。私が自分の技術の再現性が高まってきたと感じたのは「カードファイト!!ヴァンガード」の先導エミ役を頂いた頃です。

同じことをしていても凄い先輩達に一生追いつけない。だからこそキャリアの最初期の段階から常に違う武器を持つことを意識していました。声優として生き抜いていくために歌や、MCとか総合力で勝負するしかないって。

ーーさてさてここらで後編に移りましょう。

榎本温子「思考が運命になる」声優/ナレーターとして夢を叶えていくために インタビュー後編

榎本温子(えのもとあつこ)

声優/ナレーター。アニメ『彼氏彼女の事情』の主役・宮沢雪野役で声優デビュー。『ふたりはプリキュア Splash☆Star』『キボウノチカラ~オトナプリキュア‘23~ 』(美翔舞役 )、『カードファイト!! ヴァンガード』(先導エミ役)ほか多数に出演。Abema Primeのメインナレーターも務める。
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