声優ギャラ問題「アニメよりゲームの方が高い」になるワケ…榎本温子と松山洋が語る業界の構造問題

インタビュー

※本記事はFINDERS様に掲載されたものをご好意で公開させていただいてます

近年、声優の報酬や仕事をする上での待遇に問題が多々あるのではないかと話題になり、FINDERSでは現役声優である榎本温子さんのインタビューを掲載した。

こうした問題が語られる中でしばしば「アニメ収録のギャラよりゲームでの仕事の方がギャラが高い」と指摘されるが、なぜそのような構造になっているのか、公に語られることはあまりない。

そこで今回は榎本さんとも親交がある、ゲームソフトの企画・開発などを行うサイバーコネクトツー 代表取締役社長の 「ぴろし社長」こと松山洋さんとの対談を行い、このトピックに関して2時間じっくり語っていただいた。

文・構成・聞き手・写真:ひでたかくん/神保勇揮(FINDERS編集部)

榎本温子(えのもとあつこ)

声優/ナレーター。アニメ『彼氏彼女の事情』の主役・宮沢雪野役で声優デビュー。『ふたりはプリキュア Splash☆Star』『キボウノチカラ~オトナプリキュア‘23~ 』(美翔舞役 ※NHK Eテレにて 2023年10月より放送開始)、『カードファイト!! ヴァンガード』(先導エミ役)ほか多数に出演。Abema Primeのメインナレーターも務める。
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松山洋(まつやまひろし)

株式会社サイバーコネクトツー 代表取締役。代表作『.hack』シリーズ 、 『NARUTO-ナルト- ナルティメット』シリーズ、『ジョジョの奇妙な冒険 オールスターバトルR』
著書『エンターテインメントという薬』、『熱狂する現場の作り方』。漫画原作『チェイサーゲーム』
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ゲームの担当声優は誰がどう決めているのか

榎本:ぴろし社長、よろしくお願いします!「アニメ/ゲーム業界の労働環境」をテーマに色々とお話をうかがいたいです。

松山:こちらこそよろしくお願いします。一応前置きしておくと、今日する話はすべて自分が見聞きしてきた範囲でのことなので、当然例外もありますが参考程度に聞いてもらえればと思います。

榎本:私もこれまで全くわかってなかったんですが(笑)、まずゲームの担当声優はどのように選ばれるのか聞かせてください。

松山:ゲーム業界では「パブリッシャー(販売元/発注側)」と、「デベロッパー(開発会社/受注側)」がそれぞれ存在します。ゲーム開発の企画を立ち上げて制作予算を決めるのはパブリッシャーです。つまりデベロッパーとしては最初から「ボイス関連にはいくらまで使えるか」という予算が決まっています。

アニメ作品のゲーム化であれば主要キャラの声優をそのままスライドさせるケースが多いですが、それ以外はデベロッパー側が最初の選定を行いパブリッシャーに提案します。

榎本:パブリッシャーが声優を決める基準はありますか?

松山:声優の人気や知名度、キャラクターのイメージに合うかどうかで決めることも当然ありますが、他のファクターも加味されることもあります。プロジェクト全体での売上アップを狙うために、例えばゲーム楽曲を用いたライブなど有料イベントを開催することも視野に入れている場合、「集客が期待できる声優さん」という観点も入ってくるということです。

今回は「声優のギャラ」がテーマということでその観点でお話をすると、実はデベロッパーが各声優さんのギャラを決めているわけじゃないんです。全体予算とキャスティングしたい声優さんのプランだけがあって、交渉先は声優事務所じゃなくて音響制作会社になります。多くの声優事務所は録音設備もエンジニアも抱えていませんから必然的にそうなってしまいますし、金額交渉は録音費用なども込みです。だから声優さんからすれば、自分がどのような経緯でキャスティングされたかなんて全然分からないですよね。

榎本:面白い(笑)。初めて知りました。確かに何故、選ばれたかは分からなかったですし、収録現場に向かう感覚としては「よくわからないけど選んでもらったから行く」でした。

松山:アニメ版権のゲームの場合、原作者からの決め打ちもありますし、逆に「キャストを一新してくれ」と言われることもあります。他にも全くキャラクターのイメージと一致しない方が何故かねじ込まれてくることもありますけど(笑)。

榎本:何処からの思惑なんでしょうね(笑)。キャスティング/収録の費用はデベロッパーとパブリッシャーどちらが持ちますか?

松山:基本的にはパブリッシャーです。開発費、広告宣伝費などと折り合いをつけながらキャスティング/収録に回せる予算を「今回は1000万円です」とかプロデューサーが設定するんですよ。

ただ誰もが知る有名アニメ作品のゲーム化で声優も有名どころ多数、しかも登場キャラが100人を超えているなんていう場合だと総額で1〜2億円ぐらいかかることもザラです。逆に売上に声優さんの力があまり関係しないと判断されれば低めに設定されます。

榎本:想定予算をオーバーしてしまうことはありますか?

松山:もちろんあります。1作目では新人でも、時の経過と共にベテランに成長していきますし。「バッファとして取ってある予算を追加投入しますので、もうちょっと華やかにしてもらっていいですか」ってお願いをして、予算を組み直す場合もありますよ。中には全声優を第1希望で叶えようとしてとんでもない予算を組んだケースもありました(笑)。

アニメ・ゲーム業界に蔓延る不透明なお金の流れ

榎本:音響制作会社に対して、声優1人あたりどれぐらいのギャラを払っているんでしょうか?

松山:ランクによりますが、だいたいアニメ収録の4~5倍というケースが多いみたいです。

榎本:ゲームはアニメのアフレコと比べて報酬が高いなとは私も感じてました。何故、このような差が生まれてしまうのでしょうか?

松山:ビジネスモデルの差ですね。ゲームの場合は海外でも展開されますし、販促のためのCMやPVにも使われるので二次使用料がどんどん乗っかっていくんですよ。

榎本:収録した声が色々な場で使われるんですね。

松山:声優さんからすると1時半〜2時間で収録が終わって、事務所から報酬が入金されて明細みると「わぁ、ゲームってアニメのアフレコに比べて美味しい」って思うでしょうね(笑)。

榎本:ゲームの収録現場ではアニメのアフレコであるような「スケジュールキープ」はありますか?

松山:基本的にゲームは「抜き録り」で一人ずつなので、ありません。もしも我々の都合で日程が変更になる場合には全スタッフにその日の分の費用もちゃんと乗っけてお支払いしてます。ただ、それが現場の声優さんのところまで届いてるか我々には分かりようがないんですよ。

榎本:全然、届いてないですね(苦笑)。

松山:昔は、本当に酷かったですよ。ここ10〜20年でお行儀はよくなってきましたけどね。私、声優さんとも仲いいからご飯を食べに行ったり飲みに行ったりもするわけですよ。声優さんから「これだけ良い条件でお仕事をもらえて助かります」って言ってもらえるんですけど具体的な額を聞いてみると「ん?いやいや、その◯倍は払ってるんだけど…!?」って。答え合わせは無粋なのかもしれないけど、おかしいですよね。自分に支払われる額を鵜呑みにせず、物の値段を知ったほうがいいですよね。

榎本:私も同業者から相談を受けたことがあります。事務所を移籍してみて、「報酬形態は前と同じで」って言われて、明細を見たら「桁が全然違うけど…!」って驚いて発覚したり。知り合いが音響制作するようになってから教えてもらったんですが、音響制作会社が二次使用料を丸々、中抜きしていることもあったそうです。

松山:そういう事実が発覚したら信用を失っちゃいますよね。

榎本:透明性が必要だなと痛感しています。ゲーム業界でも中抜きに似たことは起きてますか?

松山:正直、ゲーム業界も稀に起きてると思いますよ。加えて超大手パブリッシャーは「上がってきた請求書に対して細かい交渉はやらない」ってプライドがあるように感じます。10万が20万だとか、30万が60万だとか、50万が100万になったとしても「なんか今回高いですね…」で終わらせて結局、飲んじゃうんです。もちろんこれが億円単位だったりすると話は違いますけど。

榎本:えぇぇ…!ぴろし社長のところにもすごい請求書が来たことはありましたか?

松山:もちろんありますよ(笑)。例えば音響制作会社からの見積もりが1000万円だったとするじゃないですか。でも仕事が全部終わった後に送られてきた請求書が2倍になっていることがある(笑)。

榎本:「???」ってなるよね。

松山:「何でこうなったの?」って確認しても要領を得ないんですよ。私も物の値段は勉強していますので、もちろん納得できる正当な理由でしたら了承してお支払いします。で、「再確認します」って言われて後日、改めて送られてきた請求書を見ると1000万円に戻ってるという(笑)。

榎本:それ、駄目ですよね(笑)。じゃあ先月の2000万の見積りはなんだったのって。メチャクチャじゃないですか。水増し請求ですよ。

松山:駄目ですよね。他にも「はみ出て1150万になりました」ってちょびっと乗っけてくるケースもありました。

ただ一方で、何度も一緒に仕事をしていると彼らが損失を被ってくれるパターンもある。そうなると色々な案件を積み重ねていく過程でプラスとマイナスの帳尻を合わせようとするの。よくある会社同士での貸し借りとして、プロジェクトAでの損失分を、プロジェクトBの見積もりに乗っけてもらってお金を渡すケースもありますからね。

榎本:でも現場はいきなり不透明なお金の流れがあったら混乱しますよね…?

松山:そうですよね。プロジェクトBの担当としては「なんでいきなり用途不明のお金が乗っかってるんですか!」ってたまったものではないよね。自分の評価に影響が出るわけですから。けど、会社という大枠では帳尻が合えばまかり通ってしまう。これはお金の不透明さを生み出す原因になりえますね。

榎本:現場に説明なんてできないよね。すごく揉めそうだし、さっきの水増しと混ざったら混乱しそうですよね。

松山:サラリーマン故のねぇ…。不透明のお金の流れの余波が、今回の話のテーマである声優さんたちにまでしわ寄せが行きかねないっていうところも大きな問題ですよね。

予算が増えているのに現状のシステムは機能不全

榎本:ぴろし社長から見て現状のアニメ業界ってどのように見えます?

松山:この5年で正直、アニメの制作費は爆増してますね。肌感覚で言うと一話1000万だったものが、4000万なんか全然珍しくないし、もっと上の作品もありますよ。

榎本:世界も買ってくれるから。Netflix、Amazon Primeとかね。

松山:問題はここなんですよ…!制作費はアップしているのに声優さんはもちろん、アニメーター、原画マンのギャラが上がっていない。今だに動画1枚200円っていう。

現場に携わるクリエイターの方々の価値は代わりがきかないはずなのに、バランスはとにかく取れてないですよね。もちろん声優さんの報酬も。価値と値段が釣り合っていませんよね。

榎本:それは切実に思います…。全然、回ってこないですね。最近は劇場版アニメが海外でもヒットしてすごい興行収入を上げるケースも増えてきましたけど、主演級キャラでさえギャラの額を聞いたら未だにびっくりするぐらい低いですからね。こんなに儲けていてもたったこれだけなのかと。

松山:資本主義の社会構造なんですけども、結局一番下でお金もらってる人に儲けが回ってくるのは一番最後なんですよ。会社組織って誰が一番リスク持ってるかっていうと、経営責任を持ってる人たち。この人たちがまず潤わないと会社が続かないですよ。上が潤ったらその次は下の番なんですけど中々、下流に流れていかない。

榎本:クリーンな体制を作ろうとするアニメ制作会社もかなり増えてるとは思いますが、現場の値段の部分はまだ手付かずな部分がありますよね。声優はランク制で定められた基本的な値段が変わらないですし、ダンピングがもう止まらないです。

松山:うん。変だと思います。あれもね、日俳連の方々が交渉してランク制が作られたけど、あれが決まるまではジュニアが0円ってこともあったんすよ。文字通り「やりがい搾取」だった。「君はまだ新人だから5000円ね。あっ!でも先輩の演技をみて勉強するからやっぱり0円ね」って。

「それはもう止めましょう」ってランク制という価格の基準ができあがったんですけども。けど、そうやって善意で作ったはずのランク制のせいで苦しくなってしまっている話を聞きますよね。

榎本:もちろんランク制を作るために尽力した先輩方のことはリスペクトします。けど機能不全に陥ってしまったシステムの代表になってしまいました。出演しやすくするためにわざと事務所を移籍して転生してジュニアに戻ったりとか。あと相当のベテランさんが安い価格で出演しだしてダンピングが止まらないです。

松山:ベテランさんたちもダンピングを良かれと思ってやってる人もいるわけじゃないですか。「自分はもう十分な収入があるから、周りの人たちにも同じようにチャンスが回るようにジュニアの金額でいいです」って。でも人気声優がジュニアの価格でやってくれるならそちらに仕事が集中して、もっと他に順番がまわらなくなりますよね。

榎本:アニメ制作の現場でシステムの不具合を感じることはありますか?

松山:無駄なお金が発生しやすいですね。アニメ業界ではちょっと良くないですけど、拘束費という考え方があるんですよ。原画マンで例を出すと「その人が1カ月の中で何枚描こうが、どれぐらい仕事をしようが基本的に無条件で月100万払います」っていう契約なんですよ。その代わり「他の会社に浮気しないでくださいね」って。

榎本:それって、月によっては0枚の場合もありますか?

松山:あります。「何で1枚も描いてないんですか?」って確認すると「絵コンテが上がって来てないから」と。結局、アニメの制作の現場って伝言ゲームなんですよ。脚本が上がってないと絵コンテは描けないし、絵コンテがないと原画も動画も描けない。誰かが遅れるとドンドンずれていく。でも「俺は悪くない、拘束されてる。なので100万はしっかり持ってきます」と。何も生み出していない100万円が無条件に使われてしまってるわけですよ。

榎本:伝言ゲームの遅れは何故、起きてしまうのでしょうか?

松山:アニメに対する期待値が増しているからではないでしょうか。予算が増えていることもあって、発注側も視聴者も「なんでこのアニメは『呪術廻戦』みたいなクオリティならないんですか?」ってみんな思いますから。期待に応えようとするために制作期間が増え、結果的に伝言ゲームの遅れが発生してしまいます。結局これも良かれと思っての空回りなんですけど。

確かに待った甲斐がある仕事が上がってくることもありますが…どこの世界でも誰もが文句を言ってるんで、今のところ最適解は生まれてないです。せっかく予算が増えて行ってるのにこれでは良くないですよね。

榎本:今後、アニメ制作会社による100%自社出資、あるいは少数で作品を制作するケースが増えれば柔軟性のある体制が整えられますか?

松山:委員会方式ではなくなって口を出す人が減るのでクリエイティブに集中することができますよね。ただ、デメリットも勿論あります。全て自分たちだけでやらなくてはならないので、アニメ制作以外の部分が疎かになってしまいます。

まず考えられるのは、版権窓口作業の人手が足りず滞ってしまってグッズ展開が遅れてしまうことです。委員会方式の場合は役割分担ができるので、より大きなビジネスにしていくことができます。

榎本:サイバーコネクトツーではオリジナルアニメ企画も進行中とのことですが、どのように取り組まれますか?

松山:弊社で制作する作品に関しては、中間にいる「中抜きするような人たち」が生じないような体制を作り、全部ゼロ距離でやる、精度の高い現場を構築していくつもりでいます。

物の値段にちゃんと興味を持ったほうがいい

榎本:最後にまとめを(笑)。

松山:企業、声優さんはもちろん読者の皆さんも物の値段にちゃんと興味を持ったほうがいいですよね。今回のテーマの声優さんにも言えることですが値段にちゃんと興味を持って、自分達の価値を知るべきですね。

榎本:声優同士でもそうですが「この事務所はマネジメント手数料が◯%で」みたいな話って自分で情報を取ろうとしないと全くわからないですからね。それぞれかなり違うのに、皆同じなんだろうと思いこんじゃう。

松山:結局、少数の大悪人が搾取しているという話じゃない、構造問題なんですよね。だからこそベテランも若手も皆で情報を出し合って、少しずつ良い方向に向かうための議論をするしかないんだと思います。

テクノロジーの進化でしゃべらないキャラクターっていなくなったじゃないですか。それだけ声優さんたちの需要と価値は高まっています。なのに言われたこと、値段をそのまま呑み込んでいる方が多い印象なので。

榎本:そろそろロビー活動が必要だよなと思ってます(笑)。私もより良い環境を作るために発信していきます。本日はありがとうございました!

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