※本記事はFINDERS様に掲載されたものをご好意で公開させていただいてます
近年、声優業界の労働環境についてのニュースが度々、世間を賑わせる。FINDERSでは現役の声優/ナレーターである榎本温子さんと共に過去2回に渡り問題の根源を探った。
対話を重ねていく中で「声優業界、そしてアニメの制作現場で慣例的に行われてることが果たして正常なのか?法律的な問題はないのか?」という疑問が噴出した。
そこで今回は元ゲーム開発プロデューサーという異色な経歴を持つ弁護士、貞永憲佑さんと対談を行うことで法務面から声優業界の問題点を紐解く。
文・構成・聞き手:ひでたかくん/神保勇揮(FINDERS編集部) 写真:ひでたかくん
榎本温子(えのもとあつこ)
声優/ナレーター。アニメ『彼氏彼女の事情』の主役・宮沢雪野役で声優デビュー。『ふたりはプリキュア Splash☆Star』『キボウノチカラ~オトナプリキュア‘23~ 』(美翔舞役)、『カードファイト!! ヴァンガード』(先導エミ役)ほか多数に出演。Abema Primeのメインナレーターも務める。
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貞永憲佑(さだながけんすけ)
ゲームプロデューサー経験を持つ弁護士。大分県に拠点を置きながら、地元の民事事件だけでなく東京などのゲーム・アニメ制作会社や声優事務所等の顧問弁護士としても活動する。
元プロデューサーならではの、法務領域に留まらない事業に伴走した支援を得意としている。
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ゲームプロデューサー経験を持つ弁護士
榎本:本日は私がこれまで声優業界で感じた、法律や契約書に関する疑問点を色々とお聞きしたいと思います。まずは簡単に貞永先生の自己紹介をお願いしてもよろしいでしょうか?
貞永:よろしくお願いします。私は大分県に拠点を置きながらゲーム/アニメ制作会社や声優事務所など、エンタメ関連企業の顧問弁護士として活動しています。
榎本:元ゲームプロデューサーの弁護士って珍しいですよね。最初から弁護士を目指していましたか?
貞永:実は私は最初、声優になりたかったんですよ(笑)。私が小中高の頃は90年代でバリバリ声優ブーム!アニメも名作が沢山!
榎本:90年代はエモい時代でしたよね。オーディションには申し込まれてましたか?
貞永:高校時代、オーディションにテープを送ってはみましたが結果は出なかったです(苦笑)。何か良いきっかけが無いかと早稲田大学に進学しましたが、役者としてはうまく行きませんでした。そこで大学で法学を学んでいたこともあり、身内にトラブルが起こったときに何か力になってあげたいと思い弁護士を目指し現在に至ります。
榎本:エンタメ関連に携わるようになったきっかけは?
貞永:ちょっと長くなりますが(笑)、セガで社内弁護士を任されていた時に社内で企画コンペがあったんですよ。そこで賞を獲ったことがきっかけで、スマートフォンのゲームのプロデューサーを経験しました。その後、エイベックスでゲーム事業を扱う会社でもプロデューサーとして働かせていただきました。
ただ私はプロデューサーとしてのデビューが遅く、下積みがないハンディに苦しんでいました。そこで「弁護士ができるゲームプロデューサー」ではなくて「ゲームプロデューサーのことを理解できる弁護士になろう」と思い弁護士業をまた再開しています。
本日は弁護士としてはもちろん、ゲームプロデューサーとしての経験も交えながらお話させてもらえればと思います。
悩み①声優事務所はギャラの中抜きをしている?
榎本: まずは声優業界に蔓延る「中抜きが行われているのではないか」という疑問について見解を聞かせてください。「所属事務所がギャラから規定のマネジメントフィー以上の金額を抜いているとしか思えない」って相談を後輩から複数受けるんですよ。
貞永:これは中抜き=契約違反をしているケースというより、契約内容の不透明さ故に巻き起こる問題である可能性があります。
まず前提として、声優と事務所との契約には大きく分けて以下の3つの型があります。
①「雇用契約型」
これは会社員と従業員の関係で、固定給なのでそもそも「中抜き」という概念自体が存在しません。ただ、声優が事務所と契約する場合は以下の「マネジメント型」「エージェント型」(業務委託契約、業務提携契約)などが主ですからこちらの線は考えにくいです。
②「マネジメント型」
事務所からタレントに対して業務委託契約を結ぶかたちとなりますが、報酬が固定+インセンティブとなっていることで「給料制」と言われることもあります。この場合は、事務所がクライアントから仕事を受けて、それをタレントに再委託しているということもありえますが、その場合も必ずしも「中抜き」とは限りまません。
③「エージェント型」
これは「事務所が仕事を取ってくる代わりに、売上の中からマージンを◯◯%をもらう」といった契約内容になることが主です。この場合、約束していたマージン以上のお金を抜いてしまうと、契約違反、つまり違法な「中抜き」ということになります。
事務所が説明を怠ればトラブルが多発する
貞永:契約で定められた割合以上のマージンを中抜きをされた場合、契約違反ですので差額を請求することができます。ただ榎本さんが相談されたというケースでは、③の「エージェント型」で問題が起こってしまっているのではないかと思っているんです。
「エージェント型」だと仕事を受けるか否かの決定権は、基本的には声優にあります。だから事務所に一任するような契約にしていない限り、「◯円以下の仕事は受けない」などと自分で決めることができるんですよ。他にも声優に寄せられたオファーに対して詳細を聞かれたら、民法645条で報告義務が定められているので正確に答えなくてはいけません。
榎本:これを言うと驚かれるかもしれませんが、声優は仕事ごとのギャラを事前に知らされないことの方が多いです。ほとんどの場合は報酬明細を見る段階で「この仕事のギャラ、◯円だったんだ」と分かるという。せいぜい「今回の仕事はギャラがものすごく安いんだけど、入れていい?」と聞かれるぐらいでしょうか。
貞永:事務所やマネージャーが報告を怠っているケースをよく聞きます。他にも「エージェント型」のはずなのに声優が仕事を選べなかったり、説明不足で不透明になっているケースも多々ありますよね。
榎本:はい。もっと言うと、事務所に入所した時に、契約に対して何も説明を受けなかったという話は本当によく聞きますよね。「もう知ってるもの」として全てが進んでいってしまうと。
貞永:「声優業界あるある」ですよね。
榎本:自分が声優で出演したゲームが後日、別プラットフォームに移植されることってあるじゃないですか。「その際の二次利用料を本人に知らせずに着服されたんじゃないか」って相談を受けたことがあるんですよね。
貞永:「エージェント型」の場合だと、それは民事上は債務不履行、刑事の話としては業務上横領に該当する可能性があります。ただ警察に被害届を出すことで業界の体質が改善されるかは微妙なので、別の方法で解決していく必要があると個人的には思っています。
榎本:音響制作会社が着服してるのではないかという話も聞いたことがあります。
貞永:その場合は、必ずしも着服にならない可能性があります。場合によっては所属事務所と音響制作会社との間にも別形態の業務委託契約が結ばれていて、元請け下請けの関係になっている可能性もあります。事務所に入ってくるお金、もしくはその役者さんのギャラとして入ってくるお金の何%を渡すという報酬形態になっている可能性もありますので。
何にせよ、疑問を持った時にはまず契約状況を確認する必要がありますよね。
事務所が契約内容を把握できてない場合も
貞永:加えて声優業界の契約は複雑で、仕事内容によっては「エージェント型」とも「マネジメント型」とも言い切れない、法務の世界で言うところの「無名契約(名前がつけられない契約)」な状態の案件が生じることが少なからずあります。だからこそ本来は何か不明なことがあったら契約書をすぐに確認できる状態が望ましいんですけどね。
榎本:声優業界の場合、どういったケースがそれに該当するのでしょうか。
貞永:例えばアイドルユニットです。複数の事務所から声優たちが1つのプロジェクトに集められるじゃないですか。その際、契約形態が事務所ごとに違う可能性があるんですよ。
問題なのは先ほど同様、声優たちが契約内容を知らないことが非常に多いことです。そしてもっと問題なのは、事務所が契約内容の全容を把握していない場合もあることです。これによってお金の流れを見落としてしまい、法律違反はしていなくても事務所が所属声優の信用を失っていてしまうのです。
榎本:事務所に対して、お金周りの質問をすること自体が業界でタブーになってる雰囲気もあって、余計に事態の収集をつかなくさせていると常々感じます。疑問点を指摘する時は事務所を退所する時だけですよね。
貞永:本当にその通りです。ただ契約内容の全容を把握できなくなってしまっていることに対して、「悪意を持った悪い人間がいるのか?」といえば必ずしもそうではないんですよ。人手が足りなかったり、事務所が処理できるキャパシティを超えてしまっていたりして、案件ごとに詳細を追えなくなってしまっていることもザラにあるんです。
悩み②「事務所のバーター要求」は違法?
榎本:あと、事務所によっては「うちの役者をもっと出してもらえないなら、売れっ子を出しません!」的なことを暗に言う場合もあるのですが、これって駆け引きとして許される範囲なんですか?
貞永:いわゆる「バーター」のことですよね。例えば公正取引委員会は2019年にジャニーズ事務所に対して「元SMAPのメンバーで構成される、新しい地図の3人をテレビ出演させないようにする行為は独占禁止法違反の恐れがある」として注意を行いましたが、これは「出すことを求める」のではなく「出さないように求める」場面でしたよね。どちらにせよ、このように出演させるかどうかの判断をねじ曲げようとすること自体は問題となりえます。もっとも、具体的にバーターの持ちかけが独占禁止法違反になるかというと、競争を阻害し社会的な損失があるかが重要になってきます。
仮に「供給する役者さんが全て引き上げられたことで会社が潰れる」なら問題になるでしょうけど、この場合声優事務所は仕事を請ける側ですし。違法性を問うというのは難しい気がします。
ただ役者と事務所との関係では、声優事務所が所属声優に対して「◯◯しないとバーター枠に入れてあげないぞ」などと契約外のことを要求するのは問題になる可能性がありますね。
悩み③「事務所が勝手に作品の継続出演を断る」のは違法?
榎本:あとは度々、アサインされた役をいきなり事務所の都合で勝手に降板させられる(本人が知らない間にオファーを断っている)ケースがあるんですよね。これは声優なら誰もが味わったことがあるかもしれません。演じたことによる役者さんの権利って生じないんですかね?
貞永:「大人の都合」と言われるやつで降板されてしまうことありますよね…。
まず著作権法上では声優は「実演家」と言われていますが、演じることによって著作権そのものは生じないですね。他方で、著作隣接権とか実演家人格権という権利は存在しています。ただ、もし声優が著作隣接権とか実演家人格権をいつでも自由に行使できると、作品の展開に支障が出てしまいますからね。だからこそ基本的には演じられた声は買取りになっていますが、そうした中で二次使用料という概念が利用されています。
ただ仮に声優が「エージェント型」の契約だとしたら、事務所の都合で降板させるのはどうかと思います。あくまで声優の代わりに仕事を取ってくる契約なのに勝手にやってはダメでしょう。
榎本:しかも変更されたことを知ったのがオンエア後だったり。ネットでファンの子から「変わってるよ!」って教えてもらってから気がつくケースが多くて…。告知されずに変えられてしまうという。どうしても不信感が募っていって、結果、事務所の移籍を選択する場合もありますよね。
貞永:流石に変更された理由を説明して欲しいですよね。他の役で同じ事務所の声優が現場に入ってる可能性もあるでしょうし。何事も説明不足はお互いの関係を悪くさせてしまいますよね。
榎本:制作の上流側の都合で役の担当声優が変わることもありますか?
貞永:もちろんあります。その作品を管理しているプロデューサーはP/L(損益計算書)を常に意識しています。以下に収支を生み出して出資者に還元するかがミッションです。そのためには発注側がキャストを変えなきゃいけないと思う出来事が起こり得ます。
悩み④アフレコの「キープ」は改善できないか?
貞永:声優業界にはアニメ制作のアフレコのためのスケジュールの仮押さえ、キープが発生しますよね。弁護士に実はキープがあるって知ってましたか?
榎本:えっ!?声優業界みたい(笑)。
貞永:裁判所との日程調整で、複数日程を仮押さえされちゃうんですよ。どの業界でもキープは発生しますので、キープ=違法だと即座には言えないです。
ただ何故、この話をしたかというと、程度の問題なんですよ。弁護士の場合はバラシ(スケジュールが空く)の連絡は比較的早いので、違うスケジュールをすぐに入れることができます。ただ声優業界の場合は違いますよね?悪用すれば「飼い殺し」だってできてしまう。
榎本:そうですね…。特にTVシリーズのためのキープですと、数カ月単位で「毎週この曜日のこの時間は空けておいてください」と拘束されながら、しかもバラシの連絡が収録日直前になることも多くて他の仕事も入れられないし、その間に別のオーディションも受けられないし、定期的なバイトもできず生活も苦しくなります。不安定なキープだらけになると、声優は落ち込んでメンタルにもきちゃうんですよ。
貞永:それは事務所が頑張れば何とかなりませんか?事務所としても「エージェント型」の契約を結んでいるならば、キープを極力減らして声優の稼働を増やしたほうが収益があがるわけじゃないですか。
榎本:事務所側の努力での改善は難しいですね…。アフレコでキープが発生してしまうのはスケジュール通りに制作が進まないのが主な原因だからです。
貞永:TVシリーズの1クールって大体12話くらいですよね。主役ならまだしも、必ずしも全話に出演するとは限りませんよね?
榎本:そうですね。そもそも自分が演じるキャラクターが、何話にどの程度、出演するのか分からない状態で収録が始まりますから。「ちらっとセリフが入るかもしれない」程度でも全話分のスケジュールがキープされちゃうんですよ。終わってみたら3話程度で、報酬も出演話数分しか発生しません。拘束時間で割ると東京都の最低賃金以下なんてザラです(苦笑)。
貞永:でもそんなに拘束されてしまったら旅行に行ったり、家族と過ごす時間を確保できませんよね。
榎本:そうなんですよ…。制作現場は殺人的なスケジュールだというのも理解するし、責めたくはないですが、「取り返すことのできない大切な人生の時間を抑えている」ということに責任を感じてほしいです。声優は子どもの運動会を観に行ったり、旅行のスケジュールも立てられないですよね。
貞永:声優の場合って、「今回だけAさんのスケジュールが合わないのでBさんにお願いしよう」みたいなことがほぼ成立しない構造になっていますよね。かつ台本制作や作画など、事前の準備がバラエティ番組などと比べて段違いに多いから現在の構造自体をいきなり変えるのは難しいのだと思います。だからこそ「バラシ料」のようなものが導入されるのが一番の解決策な気がします。そういえば昔のアニメだと声優が出演のない回でもモブ役とかガヤをやっていませんでしたっけ?
榎本:確かに!出演予定がない回でもモブとかガヤで、報酬が発生する工夫をしてくれるとありがたいですよね。声優も自分の旬があるのはわかってるから、自身がプレイヤーとして良いパフォーマンスをできる時間を無駄にしてしまうことを、極力減らす努力を業界全体で進めてほしいです。
悩み⑤事務所は声優個人のネット活動をどこまで制限できる?
榎本:あとは事務所からSNS、YouTubeなどの個人活動を制限されるケースもよく耳に挟むんですよ。例えばYouTubeをやろうとしても「ラジオの仕事もあるから無料コンテンツは困る」「声の出演だけなら◯円。顔出しもするとプラス◯円と報酬を釣り上げる材料にしてるから困る」と止めてきたり。他にも「XやInstagramに声優が写真をアップすると価格崩壊するから困る」と。
私は宣伝効果を考えるとSNSは積極的にやったほうが良いとは思うんですけどね。もちろん、自分が関わっている作品で「22時から重大発表!」といった告知がある時に配信をぶつけるようなことはしないですよ。
貞永:そもそも「そのSNSのアカウントが誰のものなのか?」って問題もありますよね。先述の「マネジメント型」「エージェント型」でしたら最初の契約書で定めていない場合、アカウントは声優自身のものですし、SNSの運用を妨げることは問題ですよ。
榎本:上で挙げた理由に加えて「よく分からないからダメ」「一人に許可すると、全員に認めなきゃいけなくなるからダメ」って言われているようなんですよね。
貞永:本来でしたら事務所側はSNSなどに対応した内容に契約書をアップデートする必要がありますが、業務量が多すぎてキャパシティを超えてしまっているのでしょうね。榎本さんは参加作品の告知をSNSでよくされてますよね?
榎本:SNSで自分が関わる作品告知をすると、当然クライアントには喜ばれます。
貞永:そこは稼働と捉えてほしいですよね(笑)。もしもネットの活動を管理したいなら、事務所が積極的に協力してくれれば良い塩梅の落とし所ができるのでしょうね。
例えば…
「事務所のオフィスをYouTube動画の収録場所として貸すから、発言内容をチェックさせて欲しい」
「企画出しと動画編集を手伝ってあげるから、管理させて欲しい」
とか。何もせずにあれこれ制限してくるのは不信感が募るだけですよね。
供給過多がパワーバランスを崩している
榎本:後輩がInstagramに酷い誹謗中傷や、身の危険を匂わせるDMを送られて病んでしまったことがあるんですよ。だけど事務所に相談しても助けてもらえなかったり。SNSの運用の中止を提示されるだけだったり。個人で弁護士を雇えと言われたり…。
貞永:おかしいですよね。声優と事務所がもし「エージェント型」の契約を結んでいるのだとしても、契約関係から一定の配慮をする義務を負う可能性がありえますよ。声優は個人事業主なので最終的に対応をするのは本人かもしれませんが、発信者情報開示請求を行う弁護士を探すのを手伝ったり、弁護士との打合せに出席したりするなどの場面もありえます。実際、事務所によっては声優に寄り添った対応をするところもあるんですけどね。
榎本:「エージェント型」なら本来は50:50の関係性のはずなのに事務所の方が強くなってしまっているように感じるんですよね。どの声優も「事務所に意見を言い過ぎたら、仕事を振られる優先順位を下げられるんじゃないか」という恐怖は正直あります。
貞永: 根源は声優の「供給過多」のように感じてます。これは別に声優業界に限ったわけじゃなく市場の摂理なんですよ。
その上で声優を目指していたときの私の気持ちで言うと、声優になる人間の数を絞ったほうが良いのかもしれないとも思います。供給過多のままですとキャパシティを超えてしまうので所属声優の契約内容を把握しきれないですし、誹謗中傷を受けた際のサポートも手厚くできなくなるし、声優が働く環境が悪くなっていく一方ですよね。
榎本:働く環境が悪ければ声優も売れたらすぐに移籍しちゃいますよね。
貞永:悪循環ですよね…。事務所としても本音はせっかく育てた声優にできる限り長く居続けてほしいはずなんですが、「あまり契約まわりの透明性を高めすぎると、事務所同士の条件安売り合戦になって業界総倒れになってしまうんじゃないか」と思ってしまっているのかもしれません。売れてしまったら出ていかれてしまうのを繰り返していたらいつまでも事務所を大きくすることができませんし。
本当は事務所に経済的な余裕があって所属声優の生活を保証できていればベストですけど、それを志向していくとどうしても契約できる声優の総数は減ります。
【解決】声優は法律相談をどこにすればいい?
榎本:事務所とのやり取りで法律面の疑問を感じた時、駆け込める場所はあるのでしょうか。
貞永:声優の場合はフリーランスと同じ扱いになるので管轄という意味では公正取引委員会になりますが、個人の声優のケースで対応した例はあまり聞きません。
そうなると弁護士に相談することが現実的だとは思います。私のようにさまざまな取り扱い分野の一つというのではなく、エンタメ専門でやっている方も増えてきましたし、芸術・文化・創造的な活動をされている方を支援するためのARTS&LAWのような非営利(プロボノ)の任意団体もありますね。 無料相談も受け付けてますので、悩んでいる方は連絡するのもよろしいかと思います。
並行して声優に理解のある弁護士や有識者達と組んで国に要望を出していくのも現実的だと思います。文化庁あたりが声優・制作現場も使えるような契約のガイドラインを発表することにつながれば流れが変わっていくでしょう。
【結論】全ての業種で契約書は重要
榎本:本日はありがとうございました。やっぱり契約書の確認って大事だなとお話を聞いていて強く思いました。アメリカのアニメ作品に出演した時はいちいち「◯話に出演する」ってサインしに行くのが面倒だと感じていました。でも振り返るとあれは大事でした。気になったらすぐに契約内容を確認できますし、何よりも不正の抑止力にもなります。
貞永:今なら電子契約書も普及してますからサインする手間も減らせますよね。お互いプロなわけですから、約束を可視化することで適度の緊張感を持ったほうがいいです。事務所だって契約書をしっかり巻いて、働きやすい環境を整えれば事務所も「売れたら辞めちゃうかも知れない…」って変な緊張感からも解放されますよ。声優業界ではまだまだ改善が必要です。
榎本:私はレコード会社と「エージェント型」の業務委託契約を交わしていますが、そこの会社とはちゃんとした契約書を交わしたんですね。事務所の法務部門もしっかりしているんです。
貞永:レコード会社や、最近の芸能事務所の契約書はちゃんとしてますよね。アニメの制作費はここ10年くらいで更に上がってきてますから、声優を含めた制作に携わる現場の方々の契約内容も見直して改善する必要があります。
また出資者であるスポンサー企業は人権に対してしっかりと配慮して欲しいはずです。多くの業界で「人権デューデリジェンス」の遵守が求められるようになってきた世の中ですし、現場の労働環境は改善して欲しいと思います。
榎本:「契約内容をきちんと整備してない声優事務所、音響制作会社とは仕事をしない」という流れになるといいのでしょうね。まだ業界にはふわっとした空気で仕事してる部分がありますが、それは加害者になる可能性だけじゃなくて被害者になる可能性も大いにあります。出版社、レコード会社、ゲーム会社のように改善していく必要がありますよね。
貞永:ただ私が顧問契約を結んでいる事務所や企業は、当たり前かもしれませんが「声優を食い物にできるような契約書を作ってください」とは求めてこないんですよ。むしろ全員が「声優に長く所属してほしい」と願っています。現状はまだ問題があっても改善に取り組み始めている事務所も確かに存在します。仕事ごとの条件や、事務所を辞めたあとの芸名やユニット名の扱いなどもしっかりと定めるようになっていくといいですね。
榎本:契約書をしっかりしてくれる事務所が増えるといいですね。
貞永:今回は声優をテーマにお話してますが、読者の皆様も他人事ではないんですよ。フリーランスも増えていますし、副業が解禁される企業も増えてきています。お仕事をされる際は契約書をしっかりと作りましょう。